原発爆発の原因を整理しておくことは、科学者としての私が科学技術というものを深く考える上で避けて通れないものであり、社会としては原発再開の是非などに大きく影響する。すでに事故直後から多くの書籍、雑誌や新聞の論考、それに国会などの議論を経てかなりの部分が明らかになっているが、1年半を経た現在、若干冷静になった時期に第一回の整理をしておくことは大切だろう。
そして、原発推進、反対、再開の是非、利権などと離れた純粋に科学技術、および日本国のことだけを念頭においた整理もまた重要である。
その面からここでは私のできる範囲で、これまで私が言及したことにもとらわれず(これが一番、難しいが)、私を罵倒した人たちのことも参考にして(これも難しい)、再整理を試みた。
■軽水炉(日本の原子炉)の安全性は、次の3つが柱であった。
1)核反応の固有安全性、
2)多重防御、
3)個別の安全対策。
固有安全性とは、概念的に運転時の状態の方が事故時より危険な状態にあり、従って事故が起こるとより安全な方向に行くというものである。軽水炉の場合は、何らかの理由で原子炉の中に制御棒などが投入できなくなった時、核反応が暴走して原爆のような爆発の危険を生じる。
核反応が暴走するので原子炉内の温度が急激に上がり、冷却水が沸騰する。軽水炉は核反応で発生する中性子を水で減速するから次の核分裂を呼ぶという原理になっているので、水が水蒸気になると中性子の減速能力が低下し、核反応の連鎖が停止するという内容のものである。
従って、軽水炉は固有安全性によって核反応の暴走を止めることができる。2012年の福島原発事故の場合には地震直後に制御棒が原子炉に入ったので、その段階で核反応の暴走の可能性はなくなった。
ただ、きわめて複雑で詳細な議論をしない範囲において、今後の問題として次の危険が明らかになっていない(詳細な研究は存在するが、簡単な原理で説明する段階にない)。
1)地震第一撃やテロによる爆発物によって制御棒が入らない場合、
2)冷却水が蒸発して冷却能力が不足するか、冷却水中のボイドの発生に よって循環ポンプが働かなくなった場合、
3)原発への打撃が複数(地震と停電、テロと制御不能(制御室への攻撃が同時に行われた場合))の場合。
多重防御は、ある異常が発生したら、それに対して複数の防御系が組まれていることであり、たとえば「外堀が突破されたら、内堀、さらに城壁、最後は階段を外して敵の侵入を防ぐ」などと同じ考え方であり、概念としては太古の昔から使われている。福島原発で停電が起こった場合、
1)主電源を地震、津波、テロなどに対して防御しておく、
2)副電源を持つ。ここまでは外部電源。
3)外部電源が損失した場合、まずディーゼル非常用発電機を動かす、
4)最終的に緊急時だけ使える時間限定のバッテリー、となっていた。
この多重防御は意味をなさなかったが、その第一の原因は主電源、副電源、ディーゼル発電機がともに地下にあって冠水して一度に停止したことである。つまり多重防御ではなかった。バッテリーも複数の理由で働かなかった。
多重防御は地震や津波についても機能しなかった。
津波の防御には第一段が防潮堤(5.7メートル)、第二段がタービン建屋(43メートル)であり、津波の高さは15メートルと推定されている。従って、防潮堤を乗り越え、タービン建屋で停止するはずであった。
しかし、現実には防潮堤を乗り越えた津波はタービン建屋の真ん中にある隙間から原子炉に到達した.また津波は原発をめがけて襲ってくる訳ではないので、防潮堤のない南の海岸線を越え、原発の後ろから襲った可能性が高い.原子炉が立っていた標高は約7メートルであり、一階には大きな開口部があるので、実際には防潮堤の高さには依存せず、何らかの理由で7メートル以上の海水面上昇があると電源を失う設計であった.
原発は核反応の熱が90%、崩壊熱が10%であるから、核反応の連鎖を止めても崩壊熱で冷却能力を失い、水素の発生によって原子炉内の圧力が上がり、水素を原子炉外に誘導することによって水素爆発が起こり、さらに放射性物質が漏洩する.
第三の問題は使用済み核燃料(核廃棄物)の蓄積の問題である.本来なら使用済み核燃料は速やかに原子炉から他の場所に運搬して処理し、格納するのが望ましい.原子炉は大量の放射性物質を包含しているので、運転中の核燃料以外の危険要因は排除しておいた方が良いからである。
しかし、
1)取り出したばかりの使用済み核燃料は崩壊熱、放射線がともに高いの で移動は危険である、
2)核廃棄物の最終処分場が無い状態で原子炉を運転しているので、使用 済み核燃料がたまりがちになる、
という問題を抱えている.
そこで原発内の使用済み、および使用中核燃料貯蔵プールに大量の核燃料を抱えることになる。これらの核燃料は短寿命核種を含まないという点で原子炉内の核燃料より安全であるが、セシウム、ストロンチウム、プルトニウムという長寿命核種は原子炉内と同等の危険な状態であると言える.
プールが過熱せず、放射性物質が漏洩しないためには、プールもまた「多重防御」になっていなければならないが、冷却装置、倒壊対策、事故時の燃料取りだしなど必要な多重防御は設計されていない.また倒壊によって再臨界などの問題が起こらないかどうかについての簡単で原理的な解析も行われていない。
その他の安全対策としてはテロによる海上からの奇襲攻撃がもっとも可能性があるが、レーダー装置、自衛隊の常駐、構造面の防御、テロに対する反撃のための砲撃体制、制御室への攻撃に対する防御などほぼ「裸」の状態である.
日本の原発がテロ攻撃を受けないためには技術問題がと並行して外交、政治、経済の影響が大きいが、技術は技術として安全対策を取っておく必要があるが、ほぼ何も為されていない。またここでは原発爆発に至る問題点として3点を上げたが、このほかに航空機の墜落などがある。
このような付随的な問題についてどの程度の防御をするかは「感覚的」に対策を取ることはできず、「安全確率」を定める必要がある。地震、津波、落雷、竜巻、海水面上昇、台風などの自然からの攻撃、テロ、航空機墜落、人為的ミス、サボタージュ、故意の運転妨害などの人為的攻撃について、それぞれの発生確率をだし、何100年に一度、あるいは何1000年に一度というような発生についての社会的合意を得ることが技術と社会を繋ぐ安全対策として必須である.これも曖昧である。
このような原子炉の安全に対する概念と具体的な構造、運転などを元にして整理をすると、福島原発が爆発した原因は、
1)震度6の地震で原子炉に制御棒が投入されて核反応の連鎖は停止した が、配管が損傷して危険な状態になっていた、
2)高さ15メートルの津波が正面と南側からの迂回によって原子炉の地 下に侵入して電源を停止させた、
3)冷却が不可能になり、崩壊熱によって燃料棒表面の金属と水蒸気が反 応して水素を発生し原子炉内の圧力が上昇した、
4)原子炉と格納容器の耐圧限度を超えて爆発する可能性があるので、原 子炉内のガスを建屋内に放出した結果、建屋内の酸素と結合して水素 爆発を起こした、
5)3号機は水素爆発と同時に核燃料が建屋下部に押しつけられ、残存し ていた核燃料が再臨界をおこして爆発した、
6)4号機は3号機の水素が配管を通って4号機内部に侵入し、そこで水 素爆発を起こした(4号機の爆発映像は福島中央テレビ、NHKなどが 保有しているが公開されていない)、と整理できる.
福島原発の爆発事故の原因を技術的に整理すると、多重防御の対象項目と防御系が概念的に破綻していたことが明らかであり、福島原発は技術設計上の間違いによって爆発したことが明らかである。従って、他の原発も短期間の内に爆発する可能性が高いことが科学的に明らかである.
しかし、技術的に明白なことでも、社会の多くの人が参加すると混乱するし、原子力技術者の中でも「原発は安全だ」と考えている人がいる。それは「どのぐらいの確率で事故が起こるか、もしくは起こっても良いか」という点がほとんど議論されていないことに因る.これらの問題はさらに整理を続けなければならない。 (平成24年11月4日)
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