通常国会が始まる
24日、通常国会が開会します。私の頭の中では、相変わらず「特定秘密保護法」が思い巡っています。特定秘密保護法は2014年内に施行(法律として効力を発すること)される予定ですが、6月末までの通常国会で、政府、国会がどのような議論を進めていくのか、いずれの動きにも目を離さないようにしています。一日、一日と、法の施行が近づいています。
会議録を読んでも、核心部分が分からない。
特定秘密保護法は、昨年12月6日に成立し、13日に公布(法律としての内容が一般に知らされること)されました。しかしその後、安倍首相の靖国神社参拝(12月26日)、沖縄県知事による辺野古埋め立て承認(同27日)という大きなニュースが続き、年が明けてから現在までは、都知事選一色と化しています。
特定秘密保護法は、すっかり過去の話題に成り下がった感があります。
改めて、特定秘密保護法(案)の審査を行った衆議院と参議院の特別委員会(衆特、参特)の会議録を読み返してみました。法案審議を通じて、論点の掘り下げがどこまで出来て、与野党の合意形成はどこまで出来たのか、再確認するためです。
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言うまでもありませんが、衆特も参特も、会議録の内容は酷いものです。
衆特の会議録は、総論的な議論が繰り返されるばかりで、不十分な内容です。思い返せば、衆特とはまったく別の与野党協議の場(国会審議の裏側)で、法案の“修正協議”が行われていたわけですが、衆特の議論は政府が提出した法案の「原案」に関する質疑に終始しています。
最終局面で行われた「修正案」に関する議論はまったくと言っていいほど積み重ねがありません。
また、参特では、修正案に関する質疑が深まったかといえば、決してそうではありません。残念なことに、重要なやりとりを“野次”がことごとく遮り(この点は、与野党双方に責任があります)、そもそも委員会が正規に開会しているのかどうか疑いたくなるような会議録の内容です。殺伐とした雰囲気だけが伝わってきます。
参特は、委員長職権という手法で連日の委員会が設定されていたわけですが、そのこと自体、野党サイドにとってみれば法案の内容以前の問題として、争いの対象となっていたのです。
参特では終盤、安倍首相が、特定秘密の恣意的指定を防止するための様々な「第三者機関」に言及する事態に至りましたが、その法律上の位置づけ、権限等が法文上何ら明らかでない組織についてさえ、議論が進展することはありませんでした(後述)。
衆特、参特、いずれの会議録を読んでも、特定秘密保護法の核心部分(とくに、修正された部分)は分かりません。通常国会では、衆特、参特いずれもその役割を終えたものとして“開店休業状態”になってしまうおそれがあります。
2月以降、衆議院で予算委員会が連日開かれますが、安倍首相出席の下、「特定秘密保護法制に関する集中審議」を開き、法制的観点でのチェックを継続することが必要です。
政府が行っている施行準備
特定秘密保護法の成立・公布の後、その施行に向けた準備がどのように進んでいくのか、国会の法案審議では、ほぼノーチェックで終わってしまいました。
国会による確認作業が出来ていません。国会は、政府に対して「好きなように制度設計してもいいですよ」というお墨付きを与えてしまったということを、もう一度思い返す必要があります。
昨年12月8日、臨時国会が閉会した後、政府は法の施行に向けた準備を着々と進めています。内閣官房におけるこちらの特設サイトでも公表されているように、政府は同25日、「情報保護監視準備委員会」の初会合を開き、同27日には「特定秘密保護法Q&A」を公開しました。また、年が明けて、1月17日には「情報保全諮問会議」の初会合を開いています。
→特定秘密保護法の適正な運用を確保するための取組(イメージ)[出典:情報保護監視準備委員会第1回会合・配付資料(2013/12/25)]
図で簡単に示されていますが、「情報保全諮問会議」、内閣官房「保全監視委員会」、内閣府「情報保全監察室」という組織体は、本来、特定秘密保護法の議論の中で権限等が明らかにし、具体的な根拠を法律で明確に規定すべきものです。
この点の補充がないまま、第三者“もどき”の議論が堂々と始まってしまっていることに、大きな憂慮を覚えます。
健全な立憲政治の維持という観点でも、事態は深刻です。通常国会で厳しく追及すべきポイントです。
国会が行っている施行準備
特定秘密保護法の施行に向けた準備は、政府内だけではなく、国会でも進められます。
それは、特定秘密保護法の附則10条において、次のような“宿題”が課せられたからです。
(国会に対する特定秘密の提供及び国会におけるその保護措置の在り方)
附則第10条 国会に対する特定秘密の提供については、政府は、国会が国権の最高機関であり各議院がその会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定める権能を有することを定める日本国憲法及びこれに基づく国会法等の精神にのっとり、この法律を運用するものとし、特定秘密の提供を受ける国会におけるその保護に関する方策については、国会において、検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。
附則10条は、政府から国会に対して特定秘密を「提供」するために必要な制度に関し、国会の側できちっとしたルールづくりをせよ、ということを定めた条文です。国会サイドの要求に応じるかたちで、政府が特定秘密を提供(開示)するシステムが念頭に置かれています。ことさら特定秘密という、取扱いが非常に厄介な行政文書を、国会でどう受け止めるべきかという「受け皿」に関する議論を行い、結論を出さなければならないのです。
先に紹介した図の上の方で、「年に一度、国会に報告」と記した部分がありますが、附則で書かれているのは、この「国会報告」とは別の枠組みです。
この点、難儀が予想されるのは、国会では、現憲法下で、このような特定秘密が開示されるシステムを作った経験がないことです。憲法、国会法に「秘密会」の規定はありますが、従前の「特別管理秘密」の開示を前提にした運用がなされたためしがないのです。
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そんな中、超党派による衆議院の海外視察団(7会派12名)が組織され、1月12日から19日にかけて、アメリカ、イギリス、ドイツの3か国を訪問し、日本でいう特定秘密を各国の議会がどう扱っているのか、制度と運用の視察調査が行われました。
視察の報告書が出来上がるにはしばらく時間がかかりますが、国権の最高機関である国会みずから、与野党どちらの立場でも公正・中立で理想的と考える「受け皿」のモデルをできるだけ早く示す必要があります。
さもないと、先に述べたとおり、法の施行までに政府内部の議論が既成事実化してしまいます。
「受け皿」のモデルですが、
(1)両院議長の下、合同で設置するタイプ、
(2)各議院の委員会ごとに行う通常のタイプ、
(3)議員が個々に行うタイプに、おおまかに分別できます。
(1)は秘密漏洩のリスクは低くなりますが、ハイレベルなメンバーを集うとなると機動性を欠くことになります。
(3)は、機動性は十分充たされますが、秘密管理の点ではリスクが高くなります。
(2)は両者の中間モデルといえるでしょう。
いろいろなヴァリエーションが考えられる中、国会(議員)に対する特定秘密の提供のさい、議員秘書、国会職員、政党職員などの陪席を認めるか否か、インカメラ(密室開示)手続のような仕組みを取り入れるかなど、実務的にみて着地点が容易に見出し難い議論も残されています。
国政調査権の意義を再確認すべき
国会でどのような「受け皿」を設けるにせよ、いずれ、特定秘密という、一般の行政情報よりも格段に機密性が高いものを扱うことになります。しかし、政府に怖じたり、遠慮していては国会の存在意義が失われます。政府が、特定秘密と称して、恣意的に、怪しい情報を隠匿していないかどうか、常に監視するのが国会の任務です。
特定秘密を憲法上根拠となるのは、国政調査権(憲法62条)です。国民の“知る権利”に奉仕するため、国会(各議院)に与えられた権限です。
国政調査権は、規定の上では、絶大なる権限を有しているかのようにみえますが、運用はそうなっていません。政府解釈上、万全の権能とは考えられておらず、政府は国会サイドの要求に応えないことがあるとされています。その政府解釈とは、「国政調査権の行使という公益と、公務員の守秘義務という公益とを比較較量し、開示するべき情報を決定する。その比較較量の基準は個別に決せられるもので、あらかじめ一律に決定できるものではない」という、昭和40年代以降確立されているものです。
この政府解釈を前提とする限り、特定秘密を国会に提供する場合においても、その範囲は個別具体的に決するということになります。情報を握っている政府が優位する構図は変わりません。
国会の側が国政調査権の意義を再確認し、政府解釈に対抗することまでも強く意識しないと、特定秘密を握り隠している政府の都合に振り回されるだけになり、国民の知る権利は、かなり覚束ないものになってしまうのです。
この点はまさに、憲政史上、現実的に想定されてこなかった問題に直面しているといえます。然るべき制度ができないと、国政調査権の範囲に「大きな穴」を開けてしまうことになります。行政監視を果断に行うべき国会が、政府の虜に貶められてしまうことは立憲政治の自殺行為です。
「出前の返事」だった、公益通報者の保護法制
衆特、参特の会議録を精査していくと、信じがたい政府答弁を垣間見ることもあります。
特定秘密が「違法」に指定されることを知った公務員、民間事業者が、その通報(公益通報)を行うとともに、通報を行ったことで法律上、事実上の不利益を受けることがないように保護するための制度を担保すべきであるという、「公益通報者の保護」の議論が行われています。
この問題に関する質疑・答弁が若干交わされていますが、政府サイドは「特定秘密に関する公益通報者は、すでに保護されています」と、「出前の返事」が繰り返されていました。
「出前の返事」とは、注文した料理の到着が遅いとクレームをかけると、調理に入っていないにもかかわらず、「いや、もう店を出て、向かっていますので」と言う、あの類の嘘のことです。
公益通報者の保護に関しては、公益通報者保護法という別の法律が定めています。公益通報者保護法の「別表」に、保護の対象となる法律がリストアップされていて、政令(公益通報者保護法別表第8号の法律を定める政令)を改正して対象リストを追加することが想定されています。
特定秘密保護法を追加するのは、今後の政令改正の作業に委ねられています。それにもかかわらず、「現状すでに問題ありません」と言い抜けるのは、明らかな虚偽答弁です。衆特、参特における議論もそうですが、公益通報者保護法を所管する消費者庁・阿南長官の記者会見でも同趣旨のことが淡々と述べられています。
特定秘密保護法はまだ施行されていないので、「出前の返事」がなされても実害はなく、通常国会で追及しても「後の祭り」かもしれません。それにしても、重要法案と称されるものがいかにいい加減な国会審議に付され、重要論点に関する虚偽答弁がまんまと見過ごされているという、ある意味で悲しく、嘆かわしい実態があらわになっています。
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その他、細かい話を持ち出せばキリがありませんが、特定秘密保護法はその骨格さえ十分に完成しているとは言い難い状況です。
特定秘密の指定のあり方に関する議論は今後も注目されるでしょうが、手続的、実務的な側面についても、政府と国会が然るべき議論をサボらないよう、引き続き、監視の目を光らせていきたいと思います。
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